最後のページは1981年4月宝塚複線電化正式開業直前の、新駅舎にて仮営業に入った頃、1980(S.55)年9月撮影のものです。
前のページのわずか1年半後ですが、この変わりようです。
橋上化されてもまだ電車は走っておらず、それに伴うダイヤ改正はされていない、一瞬の間隙です。
©T.O.
新駅舎が完成、下りホーム一面で運転されていた時代。
橋上駅舎から大阪方を眺めたもので、現上りホームの屋根がまだ鉄骨のみ、 レールも敷設されていない状態であることがわかります。
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新しい改札口のラッチの数に驚きました。
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改札口のラッチは多くても券売機は未設置、チケット箱が見える出札窓口。
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新駅舎が200メートル大阪へ寄り、文字通り「川西国鉄前」になったのですがそれは短い間でした。
国道176号が中国道沿いに移り、緩やかだった時の流れが一気に加速する直前、駅前の旧176号は逆に時の流れから逃れ二車線のままで昔の姿を保っています。
約1年後に廃止となる国鉄前の駅が、国鉄の橋上駅化によりこのようにして見通せるよう になったのも因果なことです。心なしか、駅としての存在感が土の色に 同化し、消えかけているように思えてしまいます。
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